プロジェクト失敗の本質は「要件定義の曖昧さ」 ユーザーが準備すべきことと絶対に避けたい行動

要件定義は、システム開発プロジェクトの成否を左右する最重要工程でありながら、多くの日本企業で「うまくいかない」「想定外の手戻りが発生する」と悩まれがちな領域です。本記事では、「要件定義の難しさ」を正面から取り上げ、ユーザー企業側で事前に準備しておくべきことと、絶対に「これをしてはいけない」というNG行動を整理しながら、プロジェクト失敗を防ぐための実践的なポイントを解説します。

システム開発の上流工程である要件定義をテーマに、プロジェクトの目的・ゴールの言語化、現行業務の棚卸しと業務フローの見える化、ステークホルダーと意思決定プロセスの整理、予算・スケジュールの前提条件の確認など、ユーザー側で準備しておくことの全体像を明らかにします。そのうえで、現行システムやExcel運用の課題整理、RFP(提案依頼書)の作成、要件定義書のレビュー、変更管理・スコープ管理といった具体的な進め方を、情報システム部門と業務部門の双方の視点から解説します。

あわせて、「目的があいまいなままベンダー任せにする」「社内調整を後回しにする」「口頭ベースで要望や変更を伝える」「判断を先送りにして要件確定を引き延ばす」「テストや受け入れをベンダー任せにする」といった、要件定義の難しさを増幅させるユーザー側のNG行動も具体的に取り上げます。本記事の結論として、要件定義の難しさはベンダー側の問題だけではなく、ユーザー側の準備不足と意思決定プロセスの曖昧さに起因する部分が大きく、ユーザー企業が主体的に「準備すべきこと」と「してはいけないこと」を押さえることで、手戻りやトラブルを大幅に減らせることを示します。

この記事を読むことで、ITベンダーとのコミュニケーションに不安を抱える情報システム部門の担当者や、業務部門のプロジェクト責任者が、「要件定義をどう進めればよいのか」「ユーザー側としてどこまで準備すべきなのか」「どの行動がプロジェクトリスクを高めてしまうのか」を具体的に理解できるようになります。結果として、品質・コスト・納期のバランスを意識した現実的な要件定義と、社内にナレッジが蓄積されるプロジェクト運営のイメージを持てるようになる構成としています。

1. 要件定義の難しさを理解する

1.1 要件定義とは何かシステム開発の全体像から確認する

要件定義は、システム開発プロジェクトにおいて「何を実現したいのか」「どの範囲までシステム化するのか」を整理し、ユーザー企業とベンダー双方で合意するための工程です。企画段階で検討した投資目的を、業務レベル・システムレベルの具体的な要件へ落とし込む役割を担っています。

一般的なシステム開発の流れは次のように整理できます。

工程 主な目的 代表的な成果物
企画・構想 投資目的や業務課題を明確化し、プロジェクトの方向性を決める 企画書、投資計画、概算見積
要件定義 業務要件・システム要件・非機能要件を整理し、合意を形成する 要件定義書、業務フロー図、画面・帳票一覧
設計・開発 要件を満たすための具体的な構造とプログラムを作り込む 設計書、ソースコード、テーブル定義書
テスト・移行・運用 品質を検証し、本番環境で安定稼働させる テスト仕様書、移行計画書、運用マニュアル

この中で要件定義は、後続工程すべての前提となる最上流のフェーズです。ここでの判断が設計方針、開発工数、テスト観点、運用体制にまで波及するため、最初の段階でどれだけ精度高く合意形成できるかが、プロジェクト成功の成否を大きく左右します

1.2 なぜ要件定義の難しさがプロジェクト失敗につながるのか

要件定義が難しい理由は、単に技術的な知識の有無だけではありません。ユーザー企業の業務担当者、情報システム部門、ベンダーの営業・SEなど、立場も関心も異なるメンバーが同じテーブルにつき、「あるべき業務」と「実現可能なシステム」の落としどころを探る必要があるからです。

ここで認識がそろわないまま進めてしまうと、次のような問題が発生します。

要件定義の不備 表面化しやすい症状 結果として起こること
業務フローの理解不足 想定していない例外パターンが後から多数発覚する 追加開発が増え、コスト超過・納期遅延が発生する
要件の優先度が不明確 「本当に必要な機能」と「あると便利な機能」が混在する 重要度が低い機能にリソースを割き、肝心の機能が疎かになる
非機能要件の抜け漏れ 性能・セキュリティ・運用負荷が後から問題視される 本番稼働後のトラブル対応や追加投資が膨らむ

特に日本企業では、検収基準やテスト観点も要件定義の内容をもとに決まるケースが多く見られます。そのため、要件定義の段階であいまいな表現や解釈の余地を残してしまうと、「作ったシステムは仕様どおりだが、業務では使えない」という不幸なギャップが生まれやすくなります

1.3 日本企業のシステム開発に多い要件定義の失敗事例

日本企業特有の組織文化や商習慣も、要件定義の難しさを増幅させる要因になっています。代表的なパターンを確認しておきます。

一つ目は、ユーザー企業内の意思決定プロセスが複雑で、現場の合意形成が不十分なまま要件定義を進めてしまうケースです。経営層、業務部門、情報システム部門の間で優先順位やリスク許容度が共有されておらず、ベンダーとの打ち合わせの場で方針が二転三転し、結果として要件が確定しないまま開発に突入してしまう状況が起こりがちです。

二つ目は、多重下請け構造の中で情報が正しく伝言されないケースです。元請けベンダーと実際に開発を行う会社の間に複数社が入ると、ユーザーの意図が具体的な設計レベルまで届かず、「言った・言わない」「そこまで求めていなかった」といった認識齟齬が発生しやすくなります。

三つ目は、既存業務やエクセル運用を十分に棚卸ししないまま、「今の画面をそのままシステム化してほしい」と依頼してしまうケースです。この場合、現場が本当に困っているポイントや、将来的に見直したい業務フローが要件に反映されず、投資したにもかかわらず業務効率化や内部統制強化といった本来の目的が達成されないという結果につながります。

これらの失敗事例に共通するのは、ユーザー側とベンダー側のどちらか一方ではなく、両者のコミュニケーション不足と準備不足が要件定義の難しさとして表面化している点です。次章以降で、ユーザー側が事前に何を準備しておくべきかを整理していきます。

2. ユーザー側で準備しておくことの全体像

要件定義の難しさを軽減するためには、システム開発のキックオフ前にユーザー企業側でどこまで準備しておくかが重要です。ここで整理するのは、ベンダー任せにしないための「事前整理のフレーム」です。プロジェクトの目的・現行業務・ステークホルダー・予算とスケジュールという四つの観点を押さえておくことで、要件定義フェーズでの認識齟齬や手戻りを大きく減らすことができます。

2.1 プロジェクトの目的とゴールを社内で言語化しておく

最初に行うべきなのは、システム導入の目的と到達したいゴールを社内で合意し、文書として残すことです。ここが曖昧なまま要件定義に入ると、ベンダーは判断基準を持てず、仕様が場当たり的に膨らんでいきます。

「なぜこのシステム開発が必要なのか」「成功したと言える状態は何か」を経営層と現場で共有しておくことが、すべての要件の優先順位付けの土台になります。

項目 検討する内容
目的 コスト削減、業務効率化、売上拡大、法令対応など、システム導入の背景を整理する
ゴール 処理時間○%削減、入力ミス件数○%減少など、定量・定性的な目標を設定する
評価指標 導入後に効果検証に使う指標を決め、プロジェクト計画書に明記する

2.2 現行業務の棚卸しと業務フローの見える化を行う

次に、現場で実際に行われている業務プロセスを洗い出し、紙やホワイトボード、専用ツールなどを使って業務フローとして可視化します。業務マニュアルがあっても、現場でのエクセル運用や口頭でのやり取りが追加されていることが多いため、担当者へのヒアリングが欠かせません。

「現行業務がどうなっているのか」を正しく把握していないと、「あるべき業務」と「システム要件」の議論に進めず、要件定義の場が意見のぶつけ合いになりがちです。

業務フローは、部署をまたいだインプットとアウトプット、使用している既存システムや帳票、エクセルファイルなども含めて整理しておくと、ベンダーが全体像を把握しやすくなり、RFP作成やシステム化範囲の検討がスムーズに進みます。

2.3 ステークホルダーの洗い出しと意思決定プロセスを整理する

システム開発プロジェクトでは、経営層、現場部門、情報システム部門、バックオフィス部門など、さまざまな利害関係者が関わります。誰がどのテーマについて最終決定権を持つのかが曖昧なままだと、要件定義のたびに社内調整が発生し、スケジュール遅延の原因になります。

事前にステークホルダーを一覧化し、役割と責任範囲を明らかにしておくことで、ベンダーとの会議で「誰が何を決めるのか」を迷わずに済みます。

区分 典型的な役割
意思決定者 投資判断、スコープ変更、予算増額などの最終承認を行う
業務責任者 業務要件の最終判断を行い、現場への展開と教育を担う
プロジェクト担当 ベンダーとの窓口となり、要件定義書や議事録のレビューを行う

あわせて、どのレベルの判断をどの会議体で行うのか、承認フローや稟議ルートも整理しておくと、要件定義フェーズでの意思決定が滞りにくくなります。

2.4 予算とスケジュールの前提条件を明確にする

最後に、プロジェクト全体の予算枠と、いつまでに何をリリースしたいのかというスケジュールの前提条件を明確にします。ここが曖昧だと、ベンダーは提案内容や体制を固められず、見積もりもぶれたものになってしまいます。

「この金額と期間で達成できる現実的なスコープはどこまでか」をベンダーと建設的に議論するためには、ユーザー側が自社の制約条件を整理して提示することが不可欠です。

観点 確認しておく内容
予算 開発費だけでなく、ハードウェア、クラウド利用料、保守費用、教育費用を含めた総額の目安
スケジュール 法改正や決算期、繁忙期など、リリース時期に影響する社内イベント
リソース 要件定義やテストに参加できる現場メンバーの人数と稼働可能時間

こうした前提条件が整理されていれば、要件定義の場で「何を優先し、何を次フェーズに回すか」といったスコープ調整の議論を、現実的かつスピーディーに進めることができます。

3. 要件定義の前にユーザー側で準備しておくこと業務と要望の整理編

システム開発の要件定義をスムーズに進めるためには、発注側が事前に業務と要望を整理しておくことが不可欠です。ここでの整理の質が、そのまま要件定義書やRFPの精度、さらにはプロジェクト全体の成功率に直結します。ベンダー任せにせず、ユーザー企業としてどこまで準備しておくべきかを具体的に見ていきます。

3.1 現行システムとエクセル運用の課題をリストアップする

最初に行うべきは、現行システムとエクセル・紙運用を含めた「As-Is(現状)」の課題の洗い出しです。販売管理、在庫管理、人事・給与など、業務システムごとに現在どのような運用をしているかを整理し、担当者の不満やムダな作業をできるだけ具体的な事実としてリスト化します。

「なぜ困っているのか」「どのくらい手間やコストが発生しているのか」「ミスやトラブルがどれくらいの頻度で起きているのか」を定量・定性の両面でメモしておくことが、後の投資対効果の説明にも役立ちます。

対象 具体的な課題 業務への影響
基幹システム マスタ変更に時間がかかり、営業が最新情報を参照できない 受注ミスや見積りやり直しが発生し、リードタイムが延びている
エクセル管理 部署ごとにフォーマットがバラバラで、集計のたびに加工が必要 月次報告作成に数日かかり、タイムリーな経営判断ができない
紙・メール運用 承認が紙とメールに分散し、履歴が追えない 内部統制や監査対応に余計な工数が発生している

3.2 業務要件とシステム要件を分けて整理するコツ

課題リストができたら、次は「業務要件」と「システム要件」を分けて整理します。ここで重要なのは、「業務としてどうなりたいか」と「システムとしてどう動いてほしいか」を混同しないことです。

観点 業務要件の例 システム要件の例
承認フロー 50万円以上の発注は部長承認を必須にしたい 金額条件に応じて承認者を自動判定し、ワークフローを回す
情報共有 営業とバックオフィスで顧客情報をリアルタイムに共有したい 顧客マスタを単一DBで管理し、アクセス権限をロールで制御する

最初は業務部門が「あるべき業務プロセス」「改善したいポイント」を箇条書きで出し、その後にシステム部門やベンダーと協力して、どのような機能・画面・インターフェース・性能要件で実現するかを整理していくと、ムダなカスタマイズを抑制しやすくなります。

3.3 必須要件とあれば良い要件の優先度を決める

すべての要望を同じ重みで要件定義に持ち込むと、スコープが膨らみ、コストとスケジュールが破綻しがちです。要件ごとに優先度をつけ、「この機能がないと業務が回らない必須要件」と「将来的に対応したいが初期リリースでは必須でない要件」を明確に分けることが重要です。

区分 定義
必須 稼働開始時点で実装されていないと業務継続が不可能・重大リスク 受注登録、請求書発行、法令で定められた帳票出力など
優先高 できれば初期リリースで実装したいが、暫定運用で代替可能 既存システムとの自動連携、一部の分析レポートなど
将来 今すぐではないが、中長期的に検討したい改善・高度化 AIによる需要予測、ダッシュボードの高度な可視化など

この優先度は、プロジェクトの進行中に変更管理の議論を行う際の判断材料にもなるため、社内で一度合意形成しておくことが望ましいです。

3.4 運用担当者と現場リーダーからヒアリングするポイント

紙の上だけで要件を考えると、実際の運用に乗らない机上のシステムになってしまいます。そこで、日々システムを使う運用担当者や現場リーダーへのヒアリングが欠かせません。特に、「例外パターンが多い業務」「属人化している作業」「締め処理や月次処理など負荷が集中するタイミング」で何が起きているかを丁寧に聞き出すことがポイントです。

ヒアリングでは、現在使っている帳票・エクセルファイル・入力画面のスクリーンショットなどを持ち寄り、「どの項目を誰が、いつ、何のために入力しているのか」「どこで転記や二重入力が発生しているのか」を確認します。可能であれば、業務フロー図や標準操作手順書のドラフトをその場で描きながら認識合わせを行い、後で要件定義書に反映できるレベルまで情報を整理しておくと、ベンダーとのコミュニケーションも格段にスムーズになります。

4. 要件定義の前にユーザー側で準備しておくことRFPと情報共有編

4.1 RFPを作成する目的とベンダー選定への影響

RFP(提案依頼書)は、システム開発プロジェクトにおいてユーザー企業の要求をベンダーに正式に伝えるためのドキュメントです。RFPの品質が低いと、どれだけ優秀な開発ベンダーであっても期待通りの提案ができず、要件定義の難しさが一気に増してしまいます。

RFPの目的は、プロジェクトの背景や課題、達成したいゴールを明確に伝え、複数ベンダーの提案内容を公正かつ客観的に比較できる状態をつくることです。この前提が整っていないと、価格だけで選定してしまい、後から「想定していた要件が含まれていなかった」というミスマッチが起こりやすくなります。

また、RFPは単なる見積依頼ではなく、「どこまでが確定事項で、どこから先をベンダーと一緒に検討したいのか」を示す設計図の役割も持ちます。ここを曖昧にしたままベンダー任せにすると、提案内容の粒度や前提条件が揃わず、要件定義フェーズで大きな手戻りが発生します。

4.2 RFPに盛り込むべき項目機能要件と非機能要件

RFPには、業務プロセスを支える機能だけでなく、性能・運用・サポートなどの非機能要件も含めて整理しておくことが重要です。ユーザー側で準備しておくことを明確にするために、最低限押さえておきたい項目を一覧化します。

区分 主な内容 ユーザー側で準備すべきポイント
機能要件 受注・販売・在庫など業務プロセスを実現するための機能一覧 現行業務フローと課題、必須機能と将来拡張したい機能を整理する
非機能要件 性能要件、可用性、保守運用、バックアップ、サポート体制など 想定ユーザー数、ピーク時アクセス、運用体制や障害時の許容ダウンタイムを明示する
前提条件 利用するインフラ、連携システム、予算レンジ、導入スケジュール 社内のITポリシーと既存システム構成、予算と希望納期の範囲を整理する

特に非機能要件は「なんとなく分かるだろう」と省略されがちですが、後工程のコストや品質、運用負荷に直結するため、要件定義の前段階でユーザー側が言葉にしておくことが不可欠です。

4.3 セキュリティ要件と法令遵守をどう整理するか

セキュリティ要件や法令遵守の観点は、システム開発において後から変更しづらく、要件定義の難しさを増幅させやすい領域です。個人情報保護、社外とのデータ連携、ログ管理などは、RFPの段階で方針レベルまでは明示しておきましょう。

観点 整理しておきたい内容
情報保護 取り扱うデータの区分(機密情報・個人情報など)と、マスキング、アクセス権限の考え方
法令・ガイドライン 適用される法律や業界ガイドライン、社内規程(個人情報保護、電帳法など)の一覧
監査・ログ アクセスログの保存期間、改ざん防止の要件、監査対応で求められる帳票やデータ出力

ここで重要なのは、「具体的な実装方法」までユーザー側で決め込みすぎず、「守るべき基準」と「絶対に外せない制約条件」を明文化することです。そうすることで、ベンダーはクラウドサービスやミドルウェアの特性を活かした最適な設計を提案しやすくなります。

4.4 社内の合意形成を得るための説明資料の作り方

RFPを作成しても、社内で目的や前提条件の認識が揃っていなければ、後から「そんなつもりではなかった」という声が上がり、要件定義の場での議論が紛糾します。ユーザー側で準備しておくこととして、経営層や現場部門向けの説明資料を用意しておきましょう。

説明資料には、プロジェクトの背景、ねらい、スコープ、想定スケジュールに加え、「RFPでベンダーに何を求めているのか」を簡潔に整理します。さらに、ステークホルダーごとに関心が異なるため、経営層向けには投資対効果やリスク低減、現場向けには業務負荷の変化や操作性といった観点を補足することが有効です。

ポイントは、詳細な技術仕様ではなく、「なぜこの要件が必要なのか」を業務の言葉で説明し、社内の合意形成を要件定義の前に済ませておくことです。これにより、ベンダーとの要件定義ミーティングでも方針がぶれにくくなり、余計な手戻りや調整コストを大幅に抑えることができます。

5. ベンダーとの要件定義の進め方ユーザー側が押さえるべきポイント

要件定義フェーズでは、ユーザー企業とベンダーの役割分担があいまいなままだと、スコープのブレや認識齟齬が発生しやすくなります。ベンダー任せにせずユーザー企業が主体的に要件定義をリードする姿勢を持つことで、システム開発プロジェクト全体の品質と納期を安定させることができます。ここでは、実務で押さえておきたい進め方のポイントを解説します。

5.1 キックオフミーティングで確認すべき事項

キックオフミーティングは、要件定義の成否を左右する重要な場です。ここでまず、プロジェクトの目的とゴールをユーザー側から自分の言葉で説明し、ベンダー担当者に理解してもらいます。そのうえで、対象範囲(業務プロセス・システム範囲)、前提条件、予算とスケジュールの制約を共有します。

あわせて、ユーザー側のプロジェクトマネージャーとベンダー側の責任者を明確にし、問い合わせ窓口、定例会議の頻度、議事録の作成ルールなどコミュニケーションルールと意思決定プロセスを合意しておきます。ここを曖昧にすると、のちに「誰が決めるのか」「どこまで対応範囲なのか」が問題化し、要件定義の難しさが一気に増幅します。

5.2 ヒアリングの場で話すべきこと話してはいけないこと

要件定義のヒアリングでは、現場業務の実態を正しく伝えることが最優先です。業務フロー、入力・出力データ、例外パターン、現在抱えている課題とその影響度など、事実ベースの情報を整理して説明します。一方で、場の勢いで確定していない要望を「必須要件」として口走ったり、社内調整が終わっていない前提条件を断定的に伝えることは避けるべきです。

話すべきこと 話してはいけないこと
現行業務フロー、処理件数、ピーク時間帯など客観的な事実 担当者個人への不満や、ベンダーへの丸投げ発言
必須要件と「できれば欲しい要件」の区別、その背景理由 社内で未合意の方針や要望を、決定事項として断定する説明
システム運用体制、セキュリティ・監査上の制約、法令対応の前提 「とりあえず全部自動化したい」など具体性を欠く抽象的な要求

ユーザー側は、ヒアリングの場を要望を思いつきで挙げる場ではなく、社内調整済みの情報を整理して共有する場と位置づけることで、後戻りと手戻りコストを抑えられます。

5.3 要件定義書のレビューでユーザー側が見るべき観点

ベンダーから提示される要件定義書は、システム開発の「契約書」に近い重要な成果物です。レビューでは、専門用語や画面イメージだけでなく、日々の業務シナリオに沿って読み解くことがポイントです。業務プロセスと画面・帳票がきちんと対応しているか、例外パターンや締切日など運用上の制約が漏れていないかを確認します。

また、性能要件やバックアップ、ログ管理、権限設定といった非機能要件は、後からの変更が大きなコスト増につながるため、早い段階で厳密にチェックします。「なんとなく大丈夫そう」ではなく、現場担当者にもレビューに参加してもらい、実運用をイメージした質問を投げかけることが、要件定義の難しさを軽減するための重要な姿勢です。

5.4 議事録と決定事項の管理で認識齟齬を防ぐ方法

要件定義フェーズでは、多数の打ち合わせと決定事項が発生します。これらを口頭で済ませてしまうと、後から「言った・言わない」のトラブルにつながります。会議ごとに議事録を作成し、参加メンバーで確認・承認する運用を徹底しましょう。

議事録には、単なる議論の経緯だけでなく、最終的に合意した内容・保留事項・次回までの宿題・担当者と期限を明記します。さらに、決定事項だけを抜き出した一覧をユーザー側で管理しておくと、要件定義書との整合性確認や、後続フェーズでの変更管理にも役立ちます。ユーザー企業が主体的に記録と管理を行うことが、ベンダーとの健全な協力関係を支える土台となります。

6. 要件定義の難しさを増幅させるユーザー側のこれをしてはいけない行動

システム開発プロジェクトでは、ベンダー側の力量だけでなく、ユーザー企業側の振る舞いも成果を大きく左右します。ここでは、要件定義の難しさを必要以上に増幅させ、プロジェクトの失敗リスクを高めてしまう「やってはいけない行動」を整理し、なぜ問題なのかを解説します。

6.1 目的があいまいなままベンダー任せにしてしまう

「業務を効率化したい」「DXを進めたい」といった抽象的なキーワードだけを伝え、具体的な業務課題やプロジェクトのゴールを示さないままベンダーに丸投げすると、要件定義は確実に迷走します。ベンダー側は善意で提案しても、ユーザー企業の経営戦略や現場事情を完全には理解できないため、システム要件と業務要件のズレが発生しやすくなります。

「ベンダーならプロだから分かってくれるはず」という期待は危険であり、ユーザー側が目的と優先順位を言語化しない限り、スコープが膨張し、コストと納期が崩れていきます。

6.2 社内調整を後回しにして現場の合意を取らない

要件定義の打ち合わせに一部の担当者だけが参加し、現場リーダーや関係部署への説明と合意形成を後回しにすると、詳細設計や開発が進んだ段階で「そんな話は聞いていない」「その運用は現実的ではない」といった反発が噴出します。結果として、仕様の手戻りや追加開発が発生し、プロジェクト計画そのものが破綻します。

ユーザー側プロジェクトマネージャーは、ベンダーとの会議に出るだけでなく、社内ステークホルダーの調整と意思決定プロセスの運用を主導する役割を担う必要があります。

6.3 口頭の依頼だけで要望や変更を伝えてしまう

打ち合わせの場で口頭だけで要望や仕様変更を伝え、「後でメールします」と言いながら記録を残さないケースは、認識齟齬の典型的な原因です。ベンダー側もメモに頼らざるを得ず、要件定義書や議事録に反映されないまま進行すると、「言った・言わない」のトラブルが必ず起こります。

要望や変更点は、必ず文章で整理し、議事録・変更管理票・チケットなどの形で共有・承認することが、要件定義の品質を守る最低限のルールです。

6.4 判断を先送りにして要件確定を引き延ばしてしまう

「社内で検討してから決めます」「一旦保留で進めてください」といった判断の先送りが続くと、要件定義フェーズは終わりが見えなくなります。仕様が確定しないまま設計や開発に着手すれば、後からの変更が雪だるま式に増え、スケジュール遅延と品質低下を招きます。

ユーザー側は、決めるべきことと検討に時間をかけるべきことを切り分け、締め切りを明確にしたうえで意思決定する姿勢を持たなければなりません。

6.5 テストや受け入れをベンダー任せにしてしまう

システムテストや受け入れテストを「プロであるベンダーがやってくれる」と考え、ユーザー側がテスト観点や受け入れ条件を定義しないまま任せてしまうと、業務シナリオに沿った検証が十分に行われません。その結果、「システムとしては動くが、現場の実務にはフィットしない」という事態が発生します。

最終的にシステムを使いこなすのはユーザー企業自身であり、業務フローに基づいたテストケース作成と受け入れ基準の定義は、ユーザー側が主体的に行うべき責任です。

NG行動 代表的なリスク
目的があいまいなままベンダー任せにする スコープのぶれ、追加コスト発生、システムが経営課題に直結しない
社内調整を後回しにして現場の合意を取らない 要件定義後半での大幅な仕様変更、スケジュール遅延、現場の反発
口頭だけで要望や変更を伝える 認識齟齬、「言った・言わない」問題、要件定義書への未反映
判断を先送りにして要件確定を引き延ばす 要件定義フェーズの長期化、開発中の仕様変更連発、品質低下
テストや受け入れをベンダー任せにする 業務に合わないシステムのリリース、運用現場での追加対応コスト増大

7. 要件定義の難しさを乗り越えるコミュニケーションとプロジェクトマネジメント

要件定義フェーズを成功させるには、ドキュメントやテンプレートだけでは不十分です。ユーザー企業側のプロジェクトマネジメントと、ベンダーとのコミュニケーションの質が、そのまま要件定義の品質とプロジェクトの成否に直結します。ここでは、ユーザー側が主体的にプロジェクトをリードするための具体的なポイントを整理します。

7.1 ユーザー側のプロジェクトマネージャーに求められる役割

ユーザー企業側のプロジェクトマネージャー(以下、ユーザーPM)は、単なる社内窓口ではなく、要件定義を含む全工程の「事業責任者代理」として振る舞う必要があります。特に重要なのは次の役割です。

  • プロジェクトの目的・スコープ・優先順位を明文化し、経営層と現場の認識をそろえる。
  • 業務部門からの要望を整理し、ベンダーが理解できるレベルまで業務要件として翻訳する。
  • 要件の追加・変更に伴うリスクやコストを説明し、ステークホルダーと合意形成を行う。
  • 進捗・課題・リスクを定期的に可視化し、エスカレーションの判断を行う。

ユーザーPMがこれらを実行することで、「誰が何を決めるのか」が曖昧な状態を避け、要件定義の議論を建設的な方向にコントロールしやすくなります

7.2 ベンダーとのコミュニケーションルールを決める

要件定義の場では、ベンダーとの情報量とやり取りの頻度が一気に増えます。ここでルールがないと、「言った・言わない」や認識齟齬が頻発します。プロジェクト初期に、少なくとも次のようなコミュニケーションルールを決めておくと有効です。

ルール項目 内容 ねらい
窓口と決裁権限 ユーザー側・ベンダー側それぞれの正式な窓口と、承認可能な範囲を明示する。 勝手な合意や二重伝達を防ぎ、責任の所在を明確にする。
会議体と頻度 定例会、設計レビュー、意思決定会議などの目的・参加者・開催頻度を決める。 議論すべき内容を適切な場に載せ、検討漏れを防ぐ。
連絡手段と記録 メールとチャットの使い分け、議事録・要件定義書・課題一覧の保管場所を統一する。 情報の散在を防ぎ、後から内容をトレースできる状態を保つ。
エスカレーション 遅延や仕様の対立が発生した際の報告ルートと対応期限を決めておく。 問題の早期発見と迅速な意思決定を可能にする。

こうしたルールを文書として合意し、プロジェクトメンバー全員に共有することが、要件定義の品質とスピードを大きく左右します

7.3 変更管理とスコープ管理を徹底する方法

7.3.1 変更管理プロセスの基本ステップ

要件定義では、後から要望が出てくることを前提に、「変更をどう扱うか」をプロセスとして設計しておきます。一般的には、次のステップを明確にしておきます。

  • 変更要望を起票するフォーマットを用意し、起票者・背景・目的・期待効果を記載させる。
  • ベンダーと共同で、工数・コスト・スケジュール・品質への影響を定性的・定量的に評価する。
  • ユーザーPMが関係部門と調整し、採用・保留・却下の判断を行い、記録に残す。

この一連の流れを守ることで、気軽な口頭依頼が積み重なってスコープが膨張する事態を防ぎ、プロジェクトガバナンスを維持できます

7.3.2 スコープ管理のポイント

変更管理とセットで重要なのが、スコープ(対象範囲)の明確化です。要件定義書に「対応する業務・しない業務」「今回対象・将来検討」を整理し、合意しておきます。そのうえで、各要件とテストケースを紐づけることで、どの変更がどのテストに影響するかを追跡できるトレーサビリティを確保しやすくなります。

7.4 品質コスト納期のバランスを合意形成する

要件定義の場では、「品質・コスト・納期(いわゆるQCD)」のバランスに関する期待値が、ユーザーとベンダーでずれていることが少なくありません。ユーザーPMは、次のような観点で合意形成をリードします。

  • 必ず死守したい納期と、調整可能な機能範囲や品質レベルを明確に言語化する。
  • 重要な機能ほどテストやレビューの時間を厚く取り、優先度の低い機能は段階的リリースも検討する。
  • 試験計画や受入基準を要件定義の段階から共有し、「どの状態になれば完成とみなすのか」を数値やチェックリストで定義する。

QCDのバランスを早い段階で可視化し、経営層・現場・ベンダーの三者で納得感を持って合意しておくことが、後工程の手戻りや追加費用を最小限に抑える鍵となります。この合意形成こそが、要件定義の難しさを乗り越えるプロジェクトマネジメントの核心と言えます。

8. 要件定義の難しさを軽減するための社内体制づくり

システム開発プロジェクトでは、ユーザー企業側の社内体制が整っていないと、要件定義の難しさが一気に増幅します。ベンダーやSIerのスキル以前に、社内での役割分担やナレッジの仕組みが曖昧だと、同じようなトラブルが繰り返されます。ここでは、ユーザー側で準備しておくことを組織・体制の観点から整理し、要件定義の再現性を高める方法を解説します。

8.1 システム担当部門と業務部門の役割分担を明確にする

要件定義では「誰が何を決めるのか」が曖昧なまま進めると、意思決定が滞り、ベンダー任せの状態になりがちです。まずはシステム担当部門(情報システム部門など)と各業務部門の役割を明文化し、ガバナンスの枠組みを作ることが重要です。

部門 主な役割 要件定義での責任範囲
システム担当部門 システム全体最適の観点での企画、アーキテクチャ設計、ベンダーコントロール 非機能要件の整理、インターフェース要件の調整、ベンダーとの契約・進捗管理
業務部門 業務プロセス設計、現場運用の設計、業務ルールの定義 業務要件の明確化、優先度の決定、運用フロー・業務マニュアルのレビュー

加えて、プロジェクトオーナー(役員クラス)とプロジェクトマネージャーの役割も決めておき、最終判断者と現場調整役を分離することで、意思決定のスピードと品質を両立させる体制を構築します。

8.2 標準ドキュメントとテンプレートを整備する

プロジェクトごとにドキュメントの形式がバラバラだと、議事録や要件定義書の読み解きに無駄な時間がかかり、引き継ぎも困難になります。そこで、社内共通の標準ドキュメントとテンプレートを整備し、再利用できる状態にしておきます。

ドキュメント種別 目的 作成タイミング
要件定義ヒアリングシート 業務フローや課題、要望の抜け漏れ防止 要件定義フェーズ開始前〜初期ヒアリング時
要件定義書テンプレート プロジェクト間での構成統一とレビュー効率化 ベンダー選定前に雛形を準備
変更要求書・決定記録 スコープ変更の履歴管理と合意形成の明確化 要件定義〜設計・開発フェーズを通じて随時

これらのテンプレートは、「これをしてはいけない」属人的な運用や口頭ベースの依頼を防ぎ、プロジェクト横断で品質を揃えるための社内標準として位置付けることが重要です。

8.3 継続的に活用できるナレッジを残す仕組みを作る

要件定義で苦労したポイントや、RFP作成・ベンダー選定の成功事例は、そのプロジェクトが終わると忘れられがちです。次のプロジェクトで同じミスを繰り返さないように、ナレッジを蓄積・検索・共有できる仕組みを用意します。

具体的には、社内のグループウェアやナレッジ共有ツールを活用し、「過去プロジェクトの要件定義書」「レビュー指摘一覧」「トラブル事例と対策」などをタグ付けして保管し、誰でも参照できる状態にしておきます。併せて、振り返り会を定期的に実施し、学びを形式知化する文化を根付かせます。

9. まとめ

要件定義が難しいと言われる背景には、業務の複雑化、関係者の多さ、意思決定プロセスの不透明さなど、ユーザー企業側の準備不足が理由となっているケースが少なくありません。目的やゴールが曖昧なままプロジェクトを始めてしまうと、要件が揺れ続け、手戻りやコスト増大、スケジュール遅延につながります。

こうした失敗を防ぐためには、ユーザー側で「事前に何を準備するか」を明確にすることが重要です。プロジェクトの目的とゴールを社内で言語化し、現行業務の棚卸しと業務フローの見える化を行い、ステークホルダーと意思決定プロセスを整理しておくことで、ベンダーとの要件定義の場で具体的かつ現実的な議論ができるようになります。また、予算とスケジュールの前提条件を早い段階で共有しておくことは、後からの期待値ギャップを減らし、ベンダーと協力して実行可能な計画を組み立てるうえで欠かせません。

業務と要望の整理においては、現行システムやエクセル運用の課題を漏れなく洗い出し、「業務要件」と「システム要件」を分けて整理することがポイントになります。そのうえで、必須要件とあれば良い要件の優先度を決め、運用担当者や現場リーダーから具体的なニーズをヒアリングしておくことで、現場にフィットした現実的な要件定義が可能になります。RFPを作成し、機能要件・非機能要件・セキュリティ要件・法令遵守の条件を文書化して共有することは、ベンダー選定の精度を高めるだけでなく、プロジェクト全体の共通認識をつくるうえでも有効です。

一方で、要件定義の難しさを増幅させてしまう「してはいけない行動」も明確です。目的が曖昧なままベンダー任せにすること、社内調整を後回しにして現場の合意を取らないこと、要望や変更を口頭だけで伝えて記録に残さないこと、判断を先送りにして要件確定を引き延ばすこと、テストや受け入れをベンダー任せにすることは、いずれも認識齟齬と大きな手戻りを招く原因になります。これらを避けること自体が、要件定義の品質向上につながるといえます。

ベンダーとの要件定義を円滑に進めるためには、ユーザー側のプロジェクトマネージャーが「意思決定」と「調整」と「説明」の役割を主体的に担うことが重要です。キックオフ時点でコミュニケーションルールや議事録・決定事項の管理方法を取り決め、変更管理とスコープ管理を徹底することで、後からの「言った・言わない」や仕様の膨張を抑えられます。また、品質・コスト・納期のバランスについて早い段階で合意形成を図ることで、プロジェクト終盤のトラブルを軽減することができます。

さらに、要件定義の難しさを一度限りのテーマとせず、社内の仕組みとして軽減していくことも大切です。システム担当部門と業務部門の役割分担を明確にし、標準ドキュメントやテンプレートを整備し、プロジェクトで得られたナレッジを継続的に蓄積・活用できる体制を整えることで、次のプロジェクトではよりスムーズに要件定義を進められるようになります。必要に応じて外部コンサルタントや第三者レビューを活用することも、社内だけでは気付きにくいリスクや改善点を明らかにする手段となります。

要件定義の難しさは、ベンダー側だけの問題ではなく、ユーザー側がどこまで事前準備と意思決定を行えるかに大きく左右されます。本記事で紹介した「準備しておくこと」と「してはいけない行動」を意識しながら、自社に合ったコミュニケーションとプロジェクトマネジメント、社内体制づくりに取り組むことで、システム開発プロジェクトの成功確度は着実に高めることができます。広告業の業務管理の困りごとは、サイネット株式会社へご相談ください。

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